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聖歌は生歌

聖歌は生歌

年間第9主日

《A年》
 66 神はわたしを救われる
【解説】
 詩編31は、個人の嘆願、嘆きの祈りです。最初は、敵はもちろん、友人からも中傷される苦痛を告白し、そこから
の解放を祈り求めますが、最後(20-25)は神によって救われたことを感謝する祈りで結ばれています。この詩編
は、主の受難の答唱詩編でも歌われますので、そちらも、参考にしてください。 
 答唱句は、珍しくテージス(小節線の後ろ)から始まります。旋律の音は、G(ソ)、A(ラ)、C(ド)の三つの音で、そ
の他の声部の音も大変少ない音で構成されています。文末以外は、ほとんどが八分音符で、「すくわれる」と「たた
えよう」で四分音符が用いられて、ことばが強調されています。とりわけ「たたえよう」では、アルトのAs(ラ♭)とテノ
ールの最高音E(ミ)で、信仰告白のことばが高められています。さらに、テノールは冒頭から「いつくしみ」までC(ド)
が持続して、神への信頼と救いの確信が表されています。
 詩編唱は、3小節目でバスに臨時記号が使われ(Fis=ファ♯)、緊張感が高められますが、4小節目は5の和音で
終止し、旋律も答唱句の冒頭と同じ音になり、落ち着いて終わります。
【祈りの注意】
 冒頭は、指定の速度の、四分音符=72よりやや早めで始めるとよいでしょう。八分音符が連続しますので、メトロ
ノームで計ったように歌うと、歌はもちろん祈りになりません。このようなたとえがふさわしいかどうか分かりません
が、ところてんを作る道具で、最初に、一気に押し出すような、そんな感じではじめるとよいでしょう。2小節目の「救
われる」でやや rit. しますので、「わたしを」くらいから、わからない程度にゆっくりし始めます。「その」のバスが八分
音符一拍早く始まるところで、テンポを元に戻します。最後の「いつくしみを」から、再びわからないように rit. して、
最後はていねいに終わります。最後の「たたえよう」は、こころから神をたたえて、祈りを神のもとに挙げるようにした
いものです。
 この答唱句は、「神はわたしを救われる」と現在形になっています。神の救いのわざ(仕事)は、かつて行われて終
わってしまったのでもなく、いずれ行われるのでそれまで待たなければならないものでもありません。神の救いは、今
も、継続して行われています。その、顕著なものが、やはりミサではないでしょうか。ミサは、キリストの生涯の出来
事を思い起こす福音朗読と、その救いの頂点である受難-復活-昇天を記念=そのときその場に現在化するもので
す。このミサが、世界のどこかで、必ず継続して行われている。それを、この答唱詩編は思い起こさせてくれます。そ
のことを思い起こしながらこの答唱句を歌うことが、祈りを深め、ことばを生かすことになると思います。
 第一朗読では、申命記の「祝福と呪い」が示されますが、その直前に「わたしの言葉を心に留め、魂に刻み」とモー
セが語ります。もちろん、この「わたしの言葉」は、モーゼが神から預かった神のことばですから、すなわち、神のこと
ばを心に留め、魂に刻むことに他ならないのは、自明のことです。それ以上に大切なことは、「道をそれず、主の戒め
に聴き従うこと」です。福音でも主は、「わたしの天の父の御心を行う者だけが〔天の国に〕入る」とおっしゃっていま
す。今日の詩編を味わい、答唱句をかみしめながら、まず、神がわたくしたちを、いつも、心に留めておられることを感
謝し、それを忘れずに、神のみ旨を行うことができるように、恵みを願いましょう。
【オルガン】
 前奏のとり方が、答唱句を生かすか殺すかの分かれ目となります。単調にのっぺらぼうのように弾かないこと、ま
た、ソプラノの音はしっかりと刻み、一つひとつのことばを生かすとともに、全体の祈りの流れをも深めるようなものとし
ましょう。ストップはフルート系の8’+4’(ないし+2’)で、明るいストップを用いるとよいでしょうか。とは言え、派手
になり過ぎないように気をつけてください。音の動きが少ない分、単調になると、ことばも生かされず、祈りも深まりま
せん。音の変わり目、特に、バスの音の変わるところが、キーポイントとなるでしょう。





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